アーティスト
川島桃香 / Momoka Kawashima
● 主な技法:絵画、インスタレーション、戯曲、詩
戯曲は最も人間に近い言葉だと思う。上演する目的で書かれた言葉は、誰かによって発せられるために作られている。だからこそ音としての意識や息づかいまでもが、他のどの言葉よりもありありと感じられる。言葉になったものと、言葉になる前のものとの狭間をゆらいでいるようだ。
誰しもが抱える、この星との一生のお別れを意味する訣別という蟠りは、他者を真剣に受け取ることで、祈りに変わる。このことをテーマに、他者を真剣に受け取る様を、不条理演劇を系譜した短編戯曲を書いた。「A」=わたしと、「B」=あなたの、閉ざされたちいさな会話劇である。この戯曲は、板の上で演じられることを目的としていない。海の側のような、個人の会話が繰り広げられやすく、かつ2人の会話が2人だけのものになる場所を想定した野外劇である。これは、観客がいてはじめて成立するとされている演劇を、パーソナルなものとしている。そのため、この戯曲が仮に上演されることとなっても、観客は存在しない。観客のいない2人の会話劇だからこそ、世界は成立しうる。
そこから、この短編戯曲を画面上で芝居をするように絵に落とし込んだ。この出展作品は、戯曲から絵画に移行するという複雑な過程を経た作品である。
芝居は、確かに他者のものであるはずの言葉が、ほんの一瞬、自分のものになる瞬間がある。それは言葉になる前のものを、言葉でなぞるような行為に近しい。
一方で絵は、芝居のようだ。線を重ねていくうちに、徐々に輪郭が現れては消える。そのうち、ほんの一瞬光が差す。その光が画面に現れたときにはじめて、ようやく誰かと分かり合えたような感覚がする。偉い人が正解で、私たちが間違っているということはあり得ないのだと、そう強く主張できる唯一の手段に思える。
言葉と絵の関係は、言語と非言語という面では対極にあるかもしれない。だからこそ、双方を結ぶことに意味があるはずだ。同じ言葉でも伝え方によって印象が変わってしまうように、言葉は言葉そのもの以外の影響が大きい。その言葉以外の表現に、わたしは絵を選ぶ。自らの言葉が、目の前の他者であるあなたの形を縁取りながら変化していくといった、ただそれだけの日常生活の延長を、画面上で上演する。 そうすることで、なぜ、わたしが、あなたが生きているのか、その答えが微かに見えてくると信じている。
川島桃香 Profile
2000年 広島県生まれ
◆受賞歴
2024 「Limelight 2024」 Under30部門 グランプリ
2024 「IAG AWARD 2024」 入選
2022 「TURNER AWARD 2022」 未来賞
2022 「新県美展(第74回広島県美術展)一般部門 絵画系」 入選
2021 「Light Art 21/22」 カタエ企画賞
2021 「広島県 Web公募美術展 一般部門 絵画系」 特選
2021 「広島県 Web公募美術展 一般部門 映像系」 優秀賞
◆展示歴
2025 個展「花葬 / 人間に愛されなければ、今もまだ生きていただろうか」OM SYSTEM PLAZA Creative Wall・OM SYSTEM PLAZA Creative Vision(東京)
2025 「恋の画塾 成果発表展」 とりでアートギャラリー(茨城)
2024 紫尾アートプロジェクト AIR成果発表展「今この瞬間に私が、他でもない私が、ただ生きていることの弁証を君は何ひとつしてくれないけれど、君が生きてきたことの証明を、私は今ここで再生することができる。」紫尾神社(鹿児島)
2024 「IAG AWARD 2024」 東京芸術劇場 ギャラリー1&2(東京)
2024 「SICF25」 スパイラルホール(東京)
2023 個展「じゃあ、いくか?ああ、行こう。ふたりは動かない。沈黙。」aL Base(東京)
2022 個展「わたしは、海に、還った。」タメンタイギャラリー 鶴見町ラボ(広島)
◆インフォメーション
川島桃香は、「喪失が生じた後においても、実体のない他者を愛し続けることは可能か」という問いを起点に、絵画・インスタレーション・詩・テキストを主軸とした制作を行っている。
川島の作品において「君」と呼ばれる存在は、特定の個人ではなく、喪失の記憶の総体として立ち現れる。他者の不在は、どのように私たちの内部に留まり、変容し続けるのか。その問いを抱えながら、「君」に向けた作品を作り続けている。
「君」を記憶し続けるために作品を作ることは、同時に「君」の意味を変容させてしまう行為でもあるだろう。形あるものとして留めようとすればするほど、「君」は作品という物質の中で定着し、その姿を変えてしまい、かつて生きていた「君」そのものではなくなってしまう。
しかし、それでもなお、「君」の不在を形にし続けることに執着したい。その行為がたとえ記憶の変容を招くとしても、今もなお愛している「君」という代替不可能な存在を、この世界に刻みたいと願っている。