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< IAG ARTISTS SELECTION >
池袋回遊派美術展2022
22/05/14[土]-22/05/18[水] @ 東京芸術劇場 5F GALLERY1

清水 伶 / Ryo Shimizu 

● 主な技法:映像インスタレーション

卵かけご飯とフェイクニュース、そこは本当に安全地帯か。
ロシアによるウクライナ侵攻をテレビで知ったあの日、日本の小さなマンションのひと部屋で猫を遊ばせながら卵かけご飯を食べていた。真っ先に心配したのは知らない誰かの生死よりも自分の持ち株の暴落。コロナ禍でずっと自粛生活をさせられていたのに、またも暗いニュースかと目を背けた。戦争は遠くの国で起こっている他人事だった。
ここ数年、取り組んでいたテーマは「SNS時代の情報摂取の難しさ」であった。それはちょうどこのウクライナ侵攻にも言えることで、欧米寄りの日本のテレビで流される情報を全面的に信じてよいものか、またWEBなどではフェイクニュースとも、ある一方向からの真実ともとれる情報などが飛び交っており、混乱をきたした。それでも真実を知りたいと様々なメディアを追いかけ、分析を進めた。その推進力となったのは、ささやかな好奇心。決して正義感や反戦に対する強い意思からなどではなかった。
調査を進めると、爆撃の様子や被害者の亡骸などの動画や写真がSNSから容易に入手できる。日が経つにつれ、テレビでの報道内容も具体的なものとなり熱を帯びてくる。改めてこの事実をリアルに受け止め、自責の念にかられる。ささやかながらウクライナの人道被害支援のための募金活動も始めた。

人類は自殺に急いでいる、戦争と環境問題の円環。
我々は、殺しあう。民族として、国家として、宗教として、幾度となく戦争を繰り返してきた。そこにあるのはくだらない境界線と、目先の利害中心主義による非人道的行為。人は地べたを這いつくばる生物であり、鳥瞰はできないのか。
そして、戦争という短期的かつ直接的な自殺行為もあれば、長期的で間接的な自殺行為で気候危機という課題もある。ただしこれは2050年までに世界のCO2排出量を実質ゼロにしなければ気温上昇が1.5度を超えて様々な被害が深刻化すると言われているもので、決して先の話などではない。
今もう既に、世界各地で森林火災や豪雨、台風の巨大化などの異常気象が頻発、海水温度の上昇で氷河も溶け出しており、野生生物の種の絶滅も進んでいる。これらは全て人間活動の増大による地球環境への負荷である。ニュースで被害を目にする機会があれども発展途上国の例が多く、日本人にとってはまるで他人事のように思われるだろうが、化石燃料の使用による温室効果ガスの排出、海洋プラスチックごみ汚染、開発による森林伐採など、生活に密接に関係するローカルな課題である。このため地球の環境が大きく変わり、人類という種が絶滅する未来も遠くないのだ。
このまま気候危機への対策を打たずに、北極や南極、山頂の氷などが全て溶けてしまったら海面は約66メートル上昇すると言われ、海沿いに位置する都市が沈むこととなり、人類はその生活圏を大きく損なうことになる。同時に気候変動によって起こる、大規模な食糧不足や干ばつ、大洪水、伝染病、海洋汚染、記録的な熱波といった危機がもたらされる。
これらの災害が経済崩壊につながり、戦争をも引き起こす可能性があると予測する専門家もいる。結局、戦争と環境問題は大きな輪でつながっているのだ。行動を起こすのは、危機が目の前に迫ってからでは遅い。この人類の自殺に関して、阻止するためには何をすべきなのか、考えるべきなのである。

都市が海底に沈んだ世界、皆で沈めば怖くない。
このまま人類が営みを変革するアクションを起こさないのであれば、確実に都市は海に呑まれることになる。その結果を、シニカルに描き出すのが本展の作品たちである。オラファー・エリアソンが自然現象を用いて世界を知覚させたように、ジェイソン・デケアレス・テイラーが海に沈めた彫刻で地球温暖化を訴えたように、絵で語りかけることを試みている。
映像作家として活動してきた視点から、絵画は「疑うべきフィクション」であると位置付けており、鑑賞者へそこに描かれたものを読み解くことを求める。しかし、身体性を強く残した絵肌はその読解を困難とさせ、このゲームの面白さを増している。想像力を駆使して絵画を見つめると、消費社会の象徴や大量に温室効果ガスを排出するモビリティなど気候危機のメタファーであったり、直接的に戦争を想起させる兵器、また、海中に沈んでしまっては価値のないブランド品などが見つけられる。その周りには、生き生きと人々が泳いでいたりスマートフォンで自撮りをしていたりと、現実にはありえない世界が構築されている。
各作品につけられたタイトルは完成日の日付のみで、いつか訪れるであろう地球の破滅から逆算してその日付を振り返らせるという意図が込められており、本展のタイトル「COUNT DOWN」に結びつくのだ。

美術は高尚なものではなく、より人々に開かれ、個が社会との接点を持つきっかけとなれば良い。それにより深刻な「人類の自殺」に直面している現状を自分ゴトとして捉え、状況を変えていくべきだと問題提起している。

清水 伶

清水 伶 Profile

1976年 東京都生まれ

東京映像芸術学院 修了

◆受賞歴
2021年 IAG AWARDS 2021、入選
2019年 UNKNOWN ASIA Art Exchange Osaka 2019、レビュワー賞
2019年 ARTMOVE Japan Art Competition vol.24、入選
2008年 SHORT SHORT FILM FESTIVAL & ASIA 2008 NEO Japan
2008年 DIGITAL SHORT AWARD vol.1 Election
2006年 SHORT FILM CONTEST C’s NEXT vol.2 Survive.8

◆展示歴
個展:
2022年 COUNT DOWN、haco – art brewing gallery –(東京)
2020年 GLITCH、リグナテラス東京(東京)

グループ展:
2022年 IAG Artists Selection 2022 池袋回遊派美術展、東京芸術劇場(東京)
2021年 FOCUS LONDON、FOLD Gallery London(ロンドン)
2021年 IAG AWARDS 2021、東京芸術劇場(東京)
2020年 Dream ‒ On the Road to Basel、ART FAIR FRAME(バーゼル)
2019年 UNKNOWN ASIA Art Exchange Osaka 2019、グランフロント大阪(大阪)
2019年 FRAME 2019 International Contemporary Art Fai(パリ)

◆インフォメーション
清水伶は映像やインスタレーションで、人の生きづらさや他人との距離感を主題として扱う東京在住のアーティスト。長年、企業広告やミュージックビデオといった商業映像作品を作るクリエーターとして生計を立てていたが、資本主義から生まれるコンテンツの消費スピードの加速、大衆操作に偏重した成果主義などに嫌気し、アートに軸を移す。そこには、表現及び創作行為は誰かの一時的な嗜好を満たすためにあるべきではなく、社会的価値観や評価に左右されることもなく、全ての人々が自分らしく生きていくための一助として存在すべき、という考えがある。
作品では個人的体験や心情を表出すると同時に、リサーチにより不特定多数の他者の声に耳を傾けることで、地球上に生きる全ての人に通じる課題の発見と議論のいとぐちを探している。商業映像で培った大規模な分業体制の制作による虚構創作から、誰もが手軽に行えるスマホ撮影で現実に肉薄した瞬間の空気を切り取るドキュメンタリースタイルまで、表現すべきことに合わせて自在に変化させており、映画らしさ、アートらしさなど、カテゴリに縛られることなく制作。流行を追い求めるコンテンツビジネスと、わかりづらさを美徳とし特権階級のステータスとなったアートビジネス双方を批判しながら、どこかにいる誰かを救うための文法を探し続けている。