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いい芽ふくら芽 in Tokyo22/01/26[水]-22/02/01[火] @ KONOYO.NET

千葉尋 / Hiro CHIBA []

● 主な技法:クロログラフ

葉に写真を焼いた標本、クロログラフ(造語)は、葉に写真が焼けたら面白いだろうと、遊びの実験から生まれたものです。古いように見えますが、当時は未開発の技法で、自分で試行錯誤して作り上げる必要がありました。

2012年、初めて実験が成功したとき、想像していたものよりずっと、美しいものだという感想を抱きました。
数年たってから、その美的感情は「懐かしさ」だったと気が付きました。

2020年、なぜ懐かしいのか、何を写すとより懐かしいのか、作品と懐古感情について考えながら実験と制作を続けていたある日、遺影や遺景のようだからではないかと思うようになりました。
コロナ禍で家の整理をして、祖母の若いころの写真を見つけたことが遠因だったと思います。

生き物を写した写真は、遅かれ早かれ遺影となります。けれどクロログラフは、今 存在するものですら、ひどく古い、すでに失われているもののように映し出します。
いわば、喪失を疑似体験する装置のようなものだという気がしています。

本展では、「2089年の遺影」というテーマを設けて展示しています。

千葉尋

千葉尋 Profile

1989年 千葉生まれ

2014年 東京造形大学大学院 造形研究科 修了

◆受賞歴
2020年 金賞「第2回TKO国際ミニプリント展 2020」 / 東京芸術劇場 / 東京、日本

2020年 求龍堂賞「第9回 FEI PRINT AWARD」 / FEI ART MUSEUM YOKOHAMA / 東京、日本

2021年 奨励賞、シアターアートショップ賞 IAG Awards

2021年 審査員特別賞 小林貴賞 tagboat INDEPENDENT

◆展示歴
2016年 Art comes alive at Tiapapata /Tiapapata Art Center /アピア、サモア

2019年 NAU21世紀美術連立展 2019 / 国立新美術館 / 六本木

2019年 The memory of the Chloroplast / Gallery Byul / 釜山、韓国

2019年 SAISON PHOTO 2019/ エパウ王立修道院 / サルテ、フランス

2019年 GWANGJU INTERNATIONAL ART FAIR 2019 / KDJコンベンションセンター / 光州、韓国

2021年 個展 / 倖せのあとさき / B-gallery / 池袋

2021年 The 16th tagboat award / 渋谷ヒカリエ Cube1,2,3 / 渋谷

2021年 IAG AWARDS 2021 / 東京芸術劇場 / 池袋

2021年 SICF22 / SPIRAL / 表参道

2021年 100人10 / Shinwa Auction / 銀座

2022年 IIMEFUKURAME / 上野松坂屋 / 上野

◆インフォメーション
千葉は、クロログラフと名付けた、葉に写真を焼き付ける技法を使用する。
感光材やインクは使わず、葉緑体の色素を脱色して写真を焼き、特殊な保存過程を経て、標本として樹脂に封入する。

大学院修了後、政府機関にて二年間の海外ボランティア活動に従事。2017年より作家としての活動を開始する。2022年に技法に関する特許を取得。
シュルレアリスト、アール・ブリュットの作家のような制作者としての視点と、それをインサイダーの視点から解釈する自我が明確に分かれている。
自分の制作した作品に、感想的に解釈を加え続けている。


自分で作ったという事実、科学的なプロセスや植物学的な成り立ちを全てなかったことにすると、写真が映った葉は空想の産物のように思えた。存在と印象だけをヒントに、どのようなものなのか解釈を加えてみる。

例えば発掘された恐竜の化石のように、いかに信じられなくとも、事実として存在を示されたとき、我々は受け入れて生態を研究せざるをえない。そのような、解き明かさざるをえない事実として、クロログラフを考える。

存在以外のもう一つのヒントは、印象になる。葉に写った写真には、古い記憶のような印象を受けた。誰の記憶でどこから来たのか。memory treeという大元の存在を仮定すると、より確からしくなった。
(物理的な制約もないことにすると、)以下のような背景が、仮定として成り立つかもしれない。

ある仮想世界では、あらゆる生物、ものが体の内外にmemory treeを育てていて、その木に葉として記憶を保存している。その木は、どのような種類の葉も生える複合植物である。
忘れれば落葉するから、誰の記憶だかわからない葉が、道の至る所に落ちている。
それがなにかの拍子にこの世界に落ちてきて(夢から持ち帰れるのかもしれない)、保存したものがここに展示されている。これには博物学的な価値がある。
そのように仮定するのが、現状最も感覚に近い。


本展示では、主に視覚的な記憶を集めたシリーズ、未来遺影を展示している。
未来遺影とは、未来の遺影のようだという、千葉尋のクロログラフに対する感想である。

写真の映った葉が何故か懐かしいのは、失われたもののように見えるからという気がする。であればこれは、葉に映るものが失われた未来を疑似体験する装置のようなものだ。
未来で遺影を見るのはこんな気分ではないだろうか。